―買いなおしたほうが安おす―

 かえって高くつく手間質を理由に修理を断るときの修理職人の常套句だ。今では漆器の修理で好評を呼ぶ石川光治さんでさえ、かつてはこの台詞を口にしていたという。
 石川さんが方針転換したのは五年前。お客さんは、修理費用の多寡ではなく、思い出を残すことができるかどうかを相談したいのだと気付いた。そして、ユ95年には漆工芸品の食器や家具の修理専門の「思い出工房」を開く。
 お客さんが漆器の直しを依頼する理由はまさに百人百様であるという。修復費用もばかにならないことから、日常的に使うようなお椀などの場合は、ともかく使える状態に直すだけにとどめる。しかし、なかには本当に大切な思い出の品もある。
「若い女性がひどく傷んだ重箱を持ってこられたことがあります。直せばどうみても莫大な費用がかかるので、新しいものを買ったほうがいいと薦めたのですが、よく話を聞いてみると、亡くなったお祖母さんが昔、満州から身ひとつで引き上げてきたときの唯一の持ち物だということでした。」
 石川さんはこの修復を請け負い、見栄えを整えるだけでなく、なんとか使える程度にまで直した。形見の品は蘇った。
 お客さんからの直しの要望を聞くのは、社長である石川さん自身の仕事である。時間を十分にとって真摯に聞き、直しに要する費用をパターンごとに示して、最終的にはお客さんの選択に委ねるという。また、思い出を修復するという考え方を広く理解してもらうために、毎年一回、修理前と修理後の実物の展示会も開催している。展示会を通じての修復依頼は毎回100件前後を数え、好評を博している。